「何が起こったの?」
一番奥の中央に座っていたの女性が大きく椅子を鳴らし立ち上がる。
オペレータたちが画面を見つめたまま、応答した。
「わかりません ! V.W.S.のモニタリング不能 ! こちらからのコントロールも受け付けません ! 」
「施設管理システムに異常発生 ! 何者かにより制御を奪われています ! 遮断できません 」
「ハッキングだとでもいうの......!? 」
女性は茫然と呟く。傍らに佇む別の女性が次々と指示を下す。
「Kittenをシステムから切り離して ! 向こうはおそらく、TYPE01の変移暗号鍵を使ってシステムを掌握しているんだわ......覚醒信号発信 ! プロトコル変換を強制中断 」
「了解 ! 覚醒信号発信.....信号エラー !? だめです受け付けません !! 」
「何者かにより施設周辺に強力なECMを使用されている模様。無線信号上のデータが次々と論理破壊されています ! 」
「ECMですって...... ? この施設の電波遮断隔壁を『抜ける』というの !? 」
「Kittenを繋ぐリングを破壊して ! それでシステムへの侵入は止まるはず...... ! 」
「だめです ! チャンバー隔壁がシステム侵入者により強制ロックされています ! 」
「扉ごと破りなさい ! 」
「無理だわ......! この施設は第一級国家機密レベルの規格で設計されている......防衛用のセキュリティも乗っ取られていると思ったほうがいいわ......。この施設には、あの防衛セキュリティに対応できる装備も兵士もいない......」
リーダーの女性が爪を噛む。
言いようのない沈黙が、部屋を支配した。
†
反射的に駆け出したは良いものの。俺は、扉の前で立ち尽くす。
子供達がいる部屋は、この扉の向こう......けれど俺にはまだIDは与えられていないのだ。
ダメもとでリュシュカさんにダイヤルしてみる。......出ない。
扉のとなりの守衛室は誰もいない。緊急事態なら当然か。
えぇい。どうしたらいいんだ......俺は八つ当たり気味に扉を蹴っ飛ばした。
途端に、開く扉。
......え?
俺は半ば茫然とする。
ちょっと待て。何のためのセキュリティーガードなんだ。
だが。中に入らないことにはあいつらを助け出すことはできない。
俺はこの扉が難なく開いたことの本当の意味を考えないまま、中に駆け込んでいった。
子供達の部屋を覗き込む。だが、そこはもぬけの殻だ。
部屋の扉を開け放したまま、俺は今後の行動について思考する。
施設に何か起こっている。今起こっている『何か』を打開するには、この『奥』へ進んでゆくしかないだろう。
俺は、部屋から出て、暗く続く廊下を覗く。
その傍らの壁には、仰々しいマークとともに『関係者以外の立ち入りを禁ず』の文字が書かれていた。
ゆっくり、周囲を観察しながら廊下を進んでゆく。
白く何の変哲もない壁。その途中途中で、規則正しくはっきりしない色の部分がある。
俺は4回その部分を通り過ぎ──5回目のそれを見つけたとき、立ち止まってまじまじと壁に目を寄せた。
はっきりしない色と思ったのは、何層にも重ねられた金属のせいだった。
その一番外側の厚みのある鈍い灰色────その部分を靴の先で軽く蹴ってみる。
俺の靴の先には金属がはめ込んである。壁の灰色はあっさりと削れた。
俺はその場に屈み込んで、爪先についた破片を指にとってみる。
......『鉛』だ。
通常堅牢さを重視する建物の場合、隔壁や外壁には複合金属が使われることは珍しくない。
しかし、鉛は金属の一種には違いないが強度が弱すぎる。装甲として使うにはあまりにも非力だ。
もし、使用する必然性があるならば────それは電磁波、放射能の遮断。
この施設は核あるいはそれ以上の『何か』によるの事故の隠蔽を当初から想定されて設計されているということになる。
......そう思ったとき、俺は畏れを抱き────同時に。
あとで思えば、『何かができるかもしれない』という気持ちに駆られていたのかもしれない。
その『何か』が何であるかは、その時の俺にはわからなかったが。
階段を下る。角を曲がる。
白い壁と隔壁を何度も認識し────また階段にぶつかる。
その階段は10段ほどしかないが、ぶつかった回数から換算するにおそらくすでに2〜3階分は下っただろう。
向かいから人の気配がする。
後ろを向きながら足早に移動している白衣の女性だ。
このままではぶつかるので、壁に寄る。と。
「何をしてるの ? 」
「......警報が鳴ったので」
「新しい守衛さん ? ......命が惜しいなら逃げたほうがいいわよ」
女性はそう言い捨てると、そのまままっすぐ俺のきた方向へ進んでいった。
......とりあえず怪しまれてはいないみたいだ。
俺はその人の姿が角に曲がって見えなくなったのを確認して、すこし早足に切り換えた。
まっすぐ進んで────突き当たりの扉が見えてきた時、男性の大きな声を確認した。
†
「どうするつもりなんだ ! 」
耳に飛び込んできたのは、そんな罵声。
年配の男性が、正面の女性に向かって怒鳴り声を上げている。
......偏見だとは思うが、こういう非常事態にこういう態度に出る奴はだいたい責任者と相場が決まっている。
「失礼します」
俺は軍の作法に則って、敬礼を行なった上で声をかけた。
怒鳴られている女性はちらっとこっちをみたが、年配の男性は変わらず女性に一方的な叱責を続けている。
「局長......」
オペレータらしき女性が声をかける。しかし、男性の態度は変わらない。
......聞いてやしない。いや、耳が遠いのかも。
上着の内側に手を入れる。そこにあるのは、本来は持ち込んではならない個人携帯の銃。────何年も生死をともにしているデザートイーグル。
俺は、それをおもむろに天井に向けて撃ち放った。
科学者たちの視線が一斉に俺のほうを向く。
「あなた。この精密機械だらけの部屋で何てことを」
「だいたい武器の所持はここでは禁じられて」
おおぅ。矛先がこっちに来たか。けれど。
「────そんな場合じゃねぇだろっ !!」
場が静寂に包まれる。
俺は声のトーンを落として、『局長』らしき人間の顔をみて、言った。
「......まず、ここで何が起きたのか教えてください」
警報だけが鳴り響く部屋。
俺は、周囲の顔を見回した。
「それについては、詳しくは話せません。けれど......あの子達を起こすことができればこの事態は解決できます」
その声は背後からした。
「────ミラー博士 ! 」
局長が血相を変えて俺の背後の存在に向かって叫ぶ。
「君は技術班の人間だろう ! 部外者に......」
「この人は、あの子達の面倒を見てくれている人です。全くの部外者ではありません。それに......」
リュシュカさんは茫然と振り返った俺に向かって微笑む。
「外部と通信が途絶しているということは、やりようによっては内々で処理ができるということです」
だが。
彼女の手に目が行く。──握り締めすぎて、血の気のひいている拳。
そして、感情の乏しい笑顔。──あれは、彼女が自分の感情を押し込めようとしている時の表情に思える。
彼女は怒っているのだ。......そしてその怒りは──局長に向かってのものか、それとも俺に対するものなのか。
だがひとまず彼女は俺にサインを示した。なら、俺は後から怒られてたっていい。とにかく行動させてもらうことにしよう。
「......あいつらを起こすには、どうすればいいんですか?」
リュシュカさんがあの子達、と言った。なら────眠っているのはあいつらなんだろう。
「────脳への覚醒信号はさっきから送り続けています。けれど、それすらブロックされてしまっているように見えます」
「ブロック ? 」
「我々からの信号が、何者かによって妨害されているということです」
「......そばに行って起こすのはどうなんですか ? 」
......さっきとは違う種類の沈黙が場を支配する。──俺、よっぽど間抜けなこと言ったのだろうか。
「彼らのそばにはいけません。先程から試していますが、電子錠の解除もままなりませんし」
「破れないんですか ? 」
......あ。更に空気が冷たくなった気が。
「......マットさん」
見かねたのか、リュシュカさんが話しかけた。
「ここにくるまでに隔壁があったのは気付いてましたか ? 」
「ええ」
「隔壁だけであれだけの防御を敷いています。......実験室が単なるガラスとベニヤ板で出来てるとは思ってはいませんよね ? 」
「ひとまずその部屋を見せてもらうわけにはいきませんか ? 」
「あの......」
インカムをつけた女性が一歩前にでてくる。
「こちらです」
「な......」
局長が絶句する。実験班、つまり内部の人間が俺などを信用したという途惑いだろう。
「......局長さん」
俺は振り返って言った。
「俺も軍に属していたことのある人間ですから、重要機密については理解してます。もしご不安でしたら後程この件について誓約書でも何でも書きますよ」
口を開けっ放しにしたままの局長。
俺は溜息をつき────そのまま顔を元の方向に戻しオペレータの女性の後ろについていった。
†
案内された部屋は、全面ガラス貼りの明るい部屋だった。
真中より少し奥にあいつらの寝ている台。その奥にLEDの点灯している巨大な装置がある。
「この部屋です......あの」
俺は壁に寄って......ガラスを軽く叩いてみる。
こっちも複合ガラスになってるな。しかも特別仕様。
廊下側の扉の外では、リュシュカさんがこちらを覗き込んでる。
「オペレータさん。ちょっと危ないかも知れないんでミラー博士のほうへ行ってもらえますか」
「はい......」
オペレータの女性が、廊下へ出たのを確認し────俺は懐からデザートイーグルを抜き出し、壁の中央に焦点を合わせて引き金を引いた。
轟音が鳴り響き────銃弾はガラスの壁の中央に突き刺ささり、水面の波紋のように衝撃がガラスを伝わる。
やっかいなガラスだ。衝撃を波に変えて霧散させているのか。
俺は内心舌を巻く。さすがは最高軍事機密を扱っている施設だけのことはある。対物ライフルでも破れるかどうか......。
リュシュカさんが、静かに訊く。
「......そのガラスは、ナノファイバー複合ガラスです。耐熱も含め、現在作られているガラスの中では最高強度のものだと思います。────それを壊せると言うのですか ? 」
「さあ。......やってみるしかないんじゃないですか」
俺は鞄からチューブを取り出し......ガラスにチューブの中味で円を描いた。
「......一体、何を...... ? 」
「まあ見てて下さい。あ、壁の影に隠れててくださいね。大丈夫だと思いますけど、細かい破片が飛んだら大変ですから」
女性の顔に傷なんてつけたら申し訳ないものな。
俺はもう一度デザートイーグルを構え────円の一箇所に狙いをつけ、弾丸を発射した。
反射的に、腕で目をかばう。銃の轟音にかぶさるように響く爆発音。
ちりちりと零れる薄い破片。だが、まだ1層。ガラスの壁は残ってる。
「壊れなかったわよ」
「────これからです」
返事をしながら、俺は今度はホルスターを漁って一番上の弾丸を詰め替えた。
さっき描いた円の中心へ向け、二発目を撃つ。
突き刺さった弾丸の周囲が一瞬真っ赤に染まる。────が、すぐに元の透明に戻った。
俺はそれを確認して......三発目を撃ち放った。
かしゃぁぁん......
儚い音を立て、対衝撃複合ガラスはクモの巣のように亀裂を走らせた。
驚きの表情のままひびの入ったガラスを見つめる、リュシュカさんとオペレータ。
俺はグローブをはめ、注意を払いながら亀裂を叩き、人ひとり分通れるだけの空間を作った。
「さて。孔は開けました......次はどうすればいいですか ? 」